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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)141号 判決 1996年2月15日

東京都千代田区一番町二三番地二

原告

共立酒販株式会社

右代表者代表取締役

古市滝之助

右訴訟代理人弁護士

井上励

和田元久

東京都台東区東上野五丁目五番一五号

被告

東京上野税務署長 本田豊加

右指定代理人

小尾仁

渡辺進

桑原秀年

堀久司

高橋博之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成四年七月二日付けでした酒類販売業免許を付与しない旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、酒類の販売等を目的とする株式会社であるが、平成三年九月三〇日、被告に対し、酒税法(以下「法」という。)九条に基づき、東京都台東区台東一丁目一七九番一に所在する販売場(以下「申請販売場」という。)につき一般酒類小売業(すべての種類の酒類の小売業)を行うため酒類販売業免許(以下「酒販免許」という。)を申請した。

2  被告は、平成四年七月二日付けで、原告に対し、右申請に係る酒販免許を付与した場合には、「販売地域における酒類の需給の均衡を破り、ひいては酒税の確保に支障を来すおそれがあると認められ、酒税法一〇条一一号に該当」するとの理由で、これを付与しないとの処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、平成四年七月二〇日本件処分の通知を受け、同年八月二八日、本件処分を不服として東京国税局長に対し審査請求をしたが、東京国税局長は、平成六年三月一〇日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

3  しかしながら、酒類販売業について免許制(以下「酒販免許制度」という。)を定めた法九条一項、一〇条一一号の規定は、合理的な理由なしに職業選択の自由を制限するものとして憲法二二条に違反するものであるから、右違憲の条項に基づいて酒販免許を付与しないとした本件処分は取消しを免れない。

よって、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の事実は認めるが、同3は争う。

三  抗弁(免許拒否事由の存在)

1  需給要件の認定基準

(一) 法一〇条は、酒販免許の付与に関し、申請者等の身分的な欠格事由(法一〇条一号ないし八号)、販売場の場所に関する規制(九号)及び経営基盤の確実性に関する規制(一〇号)のほかに、酒類の需給均衡の維持に関する規制(一一号・以下「本件規制」という。)を定めているが、右免許付与に関する具体的な判断の基礎となる内部的基準としては、昭和五三年六月一七日付間酒一-二五国税庁長官通達、平成元年六月一〇日付間酒三-二九五国税庁長官通達の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」及び同日付間酒三-二九六国税庁長官通達「一般酒類小売業免許の年度内一般免許枠の確定の基準について」(以下、これらを一括して「本件通達」という。)がある。

(二) 本件通達によれば、本件規制にいう酒類の需給の均衡を維持する必要があるとの要件(以下「需給要件」という。)の認定判断を行うための基準(以下「認定基準」という。)及び酒販免許申請の審査手順は、概ね次のとおりである。

(1) 小売販売地域の格付

税務署長は、原則としてその管轄区域内の各市区町村を一単位として小売販売地域を設け、その規模や可住地人口密度(市町村の総人口を当該市町村の総面積から林野面積及び湖沼面積を除いた可住地面積で除して得られる人口密度をいう。)によりこれを次のA、B、C地域の三つに区分する。

(A地域) 東京都の特別区、人口三〇万人以上の市、可住地人口密度三〇〇〇人/平方キロメートル以上の市町村、又はこれらの地域を含む小売販売地域

(B地域) A地域以外の市、可住地人口密度一二〇〇人/平方キロメートル以上三〇〇〇人/平方キロメートル未満の町村、又はこれらの地域を含む小売販売地域

(C地域) A地域及びB地域のいずれにも該当しない小売販売地域

(2) 基準人口比率の算定

税務署長は、各免許年度(毎年九月一日から翌年八月三一日まで)の開始前において、当該年度開始直前の三月三一日時点の小売販売地域ごとの人口を基準人口(A地域は一五〇〇人、B地域は一〇〇〇人、C地域は七五〇人)で除して、基準人口比率を算定する。

(3) 免許枠の確定

各小売販売地域の免許年度内の免許枠は、当該税務署ごとの基準値を五で除して得られる数値に相当する件数(一未満の端数が生じた場合は切り上げる。)に、合計値に占める計算値の割合を乗じて得られる件数とする。

右「計算値」とは、小売販売地域の基準人口比率から、当該小売販売地域において免許年度開始直前の八月三一日時点で既に付与している一般酒類小売業免許場数を控除して得られる数値を、右「合計値」とは、税務署管内の各小売販売地域ごとの右計算値の合計値を、右「基準値」とは、当該免許年度の合計値に平成元免許年度以降税務署管内において付与した一般酒類小売業免許の件数を加えた数値をいう。

(4) 審査手順

税務署長は、当該免許年度の免許枠が設けられた小売販売地域について、免許の申請を受理した順に(ただし、九月一日から同月三〇日までの間に受理される申請は同順位とし、抽選により審査順位を決定する。)、申請者が法一〇条一号から八号までの事由に該当しないこと、その経営の基盤が確立していることなどを審査し、すべての要件を充たす者に順次年度内免許枠の範囲内で免許を付与する。

2  認定基準の合理性

一定地域における酒類消費の実情は、当該地域に居住する人口と最も密接な因果関係を持っているものと認められ、かつ、一定地域に居住する人口は毎年公表される客観的な数値であるから、酒類の需給均衡を維持する方法として、一定地域の人口を基準としてその地域内で許可すべき一般酒類小売業者の総数を定め、新規の免許枠を確定するという手法は合理的なものである。

また、本件通達における基準人口は、昭和六二年度の酒類の人口一人当たりの年間消費金額が別表一のとおり四万三八〇一円(酒類消費金額五兆三〇二六億を人口一億二一〇六万人で除した金額)であること、同年度におけるA、B、C各地域の人口当たりの酒販免許の付与比率の平均が別表二のとおりであること、同年度の小売酒販店の平均酒類売上金額が別表三のとおりであることに基づいて、現状の酒類売上金額を維持するために必要な人口を推算し、これを参酌して設定されたものであって、酒類の需給均衡を図り同業者の過当競争を防止するという目的を達成するために妥当なものということができる。

3  本件処分の適法性

(一) 申請販売場に係る小売販売地域である東京都台東区(A地域・以下「台東区」という。)は、基準人口が一五〇〇人であり、平成三年三月三一日における同区の人口は一六万三四〇二人、東京上野税務署管轄区域の人口は六万七五八五人であるから、同管轄区域の基準人口比率は四五となるところ、同年八月三一日時点における一般酒類小売業免許場数は一一九場であったから、平成三免許年度内の免許枠はないことになる。

(二) そこで、被告は、原告の申請販売場について一般酒類小売業の酒販免許を付与した場合には酒類の需給の均衡を破り酒税確保に支障を来すおそれがあると認め、本件処分をしたものである。

4  本件規制の合憲制について

(一) 酒販免許制度は、庫出課税方式を採用する酒税制度において、酒類販売業者の経営の安定を図ることによって、酒類販売業者から酒類製造業者への酒類代金の支払を円滑にし、酒類製造業者がその納付した酒税相当額を消費者から回収するのを容易にさせ、酒税の負担を消費者へ円滑に転嫁させることによって酒税収入の安定的かつ効率的な確保を図ろうとするものであり、これによって間接消費税である酒税の徴収制度を有効に機能させ、酒税の滞納防止にも寄与するという合理的な目的を持ったものであって、本件規制は、酒類の需給の均衡を維持することにより、同業者の濫立・過当競争を防止し、酒類販売業者の経営を安定的なものとするために設けられたものである。

(二) 酒税の確実な賦課徴収を図ることは重要な公共の利益であり、租税法の定立は立法府の政策的・技術的な裁量が基本的に尊重されるべきであるから、右財政目的のための職業の許可制については、その規制の必要性と合理性についての立法府の判断が裁量の範囲を逸脱する著しく不合理なものでない限り、憲法二二条の一項に違反することになるものではない。

酒類の消費量には一定の限度があり、一定地域内における酒類に対する需要量は、地域に存在する販売場の数にかかわりなくほぼ一定しているものと考えられることから、当該地域において酒類販売業者が濫立すれば、過当競争を招き、酒類販売業者の経営が不安定となり、酒類製造業者の代金回収に困難を来し、ひいては酒税の確保が困難となるおそれがあり、そのような過当競争による弊害を防止し、酒類の需給関係を維持して酒税収入の安定的な確保を図るため、本件規制が設けられているのであって、本件規制は、酒販免許制度の立法目的に直結する酒類の需給の均衡維持を目的とした必要かつ合理的な職業選択の自由の制限である。

(三) 酒税が国税収入全体に占める割合は別表四のとおりであって、本件処分時である平成四年において、その割合は約三・六パーセント、金額的には約二兆円に達し、税目的では五番目に位置する重要な税目であり、また、昭和五一年以降のビール大瓶一本の販売代金に占める酒税負担率は、常に四〇パーセント以上で推移し、他の酒類においても高い酒税負担率にある。これらからすれば、現在においても、国家の財政目的から、酒販免許制度によって酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図る必要性と合理性があることは明らかである。

しかも、酒販免許制度によって規制されるのは、致酔性を有する嗜好品の販売の自由であって、酒類は、飲酒による事故、アルコール依存症、未成年者の飲酒などの社会問題を引き起こし、その販売秩序が保たれることが社会的に要請されており、生活必需品等の販売の自由とは異なった何らかの規制が行われてもやむをえない性質のものである。

(四) 以上のとおり、本件規制を含む酒販免許制度は、本件処分時においても、その必要性と合理性が優に肯定されるところであり、憲法二二条一項に違反ものではない。

四  抗弁に対する認否及び反論

(認否)

1 抗弁1の事実は認める。

2 同2は争う。

認定基準が定めるA地域の基準人口一五〇〇人が適正な数値であるとすれば、日本全国に必要な一般酒類小売業の販売場は約八万場(総人口約一億二〇〇〇万人を一五〇〇人で除したもの。)にすぎないことになってしまうが、これはアルコール消費量が現在の僅か二七分の一にすぎなかった昭和二一年の販売場数の水準と同じであって合理性がない。また、もし現在の日本全国の一般酒類小売業の販売場数一三万七〇〇〇場が適正なものであるなら、台東区においては八七五人に一場(総人口約一億二〇〇〇万人を一三万七〇〇〇場で除したもの。)が適正ということになるのであって、基準人口一五〇〇人という数値に合理性はない。

また、台東区の人口一人当たりのアルコール消費量三八九・七リットル(アルコール消費量六万一九五六キロリットルを人口一六万三〇〇〇人で除したもの。)は、全国平均のそれ(七四・八リットル)の五・二倍であり、このような実際のアルコール需要に照らせば、平成三免許年度の新規免許枠が存在しないという事態はありえないのであって、認定基準は、アルコール消費の実態や新規免許付与の必要性を無視し、夜間人口だけを用いた基準人口を採用して、専ら既存業者を保護するために定められたものであり、何ら合理性を有しないというべきである。

3 同3(一)、(二)の事実は知らない。

本件処分は、申請後九か月も経過してされたもので、かかる長期間の不作為は違法であり、また、原告の代表者であり酒類販売の自由化を目指す古市滝之助を狙い撃ちにし、これを潰す目的でされたという点において違法である。

4 同4は争う。

(本件規制の合憲性に対する原告の反論)

1 酒販免許制度の目的が、仮に被告の主張するように酒税の確実な賦課徴収を図ることにあるとしても、そのような規制が憲法に適合するといえるためには、他のよりゆるやかな規制によってはその目的を達成できないという場合に限られる(必要最小限度の原則)というべきであって、被告主張のような立法府の広汎な裁量判断が認められるものではない。

2 酒販免許制度は、酒税の滞納を防止し酒税収入を確保するという目的を達成するうえで直接的な効果を有するものではなく、実際にも、酒販免許制度導入の前年である昭和一二年における酒税滞納率は〇・一〇八パーセントにすぎず、これは現在の滞納率と大差がないのであるから、酒税収入を確保する手段として本件規制が効果的であったとも必要であったともいい難いことは明らかであるし、まして現在では、酒税全体の九六パーセント以上が経営基盤の強固な大手酒造メーカーによって納税されているのである。酒類製造業者から消費者への酒税負担の転嫁を確実にすることが必要であれば、むしろ経済状態が悪化した酒類販売業者を流通過程から排除することこそが必要であって、そのような事後的対応を厳格なものとすれば、酒類販売業の開業自体は認可制又は届出制で足り、本件規制のような制限をする必要はないのである。

3 仮に、昭和一三年に酒販免許制度を導入した際、酒税収入が国税収入全体に占める割合が大きく、酒類製造業者の経営破綻を防止するため、酒類販売業者の経営の安定を図る必要があり、そのため酒販免許制度が必要であったとしても、その後の社会状況や租税体系の変遷に伴い、酒税収入の国税収入全体に占める割合が著しく低下したとの事情や、酒税と同様に重要な間接税であるたばこ税及び揮発油税などにおいてはたばこ小売店やガソリンスタンドの営業免許制が採用されていないという事情に照らせば、本件処分時においては、既に本件規制を伴う酒販免許制度を維持すべき必要性及び合理性はなくなったというべきである。

4 なお、酒類が致酔性を有する嗜好品であって、その販売秩序が保たれることが社会的な要請であることは、本件規制を何ら正当化するものではない。すなわち、保健衛生の見地から酒類の販売を規制すべきであれば厚生省が、風紀保持の見地から酒類の販売を規制すべきであれば警察が、これに関与すれば足りるのであって、税務署長が本件規制を通じて酒類の販売秩序に関与することが、保健衛生や風紀保持の問題への対応として適切でないことはいうまでもないところである。

第三証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一本件規制の憲法適合性について

一  一般に職業の許可制は、憲法二二条一項が保障する職業の自由(職業選択の自由及び職業活動の自由)に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきであるが、他方、憲法三〇条及び八四条は、租税の納税義務者、課税標準、賦課徴収の方法等については、すべて法律又は法律の定める条件によることを必要とすることのみを定め、その具体的内容を法律の定めるところに委ねており、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねられることに照らせば、結局、租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その規制が右目的のため必要かつ合理的なものであるとした立法府の判断が、その政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱する著しく不当なものでない限り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものということはできないというべきである。

二  法は、嗜好品である酒類の消費が担税力の表れであると認め、酒類について間接消費税である酒税を課すものとし(一条)、酒類製造業者を納税義務者とし(六条一項)、酒類の製造及び販売業について免許制を採用している(七条ないし一〇条)。これは、酒税の賦課徴収に関し、いわゆる庫出課税方式によって酒類製造業者にその納税義務を課し、酒類販売業者を介しての代金の回収を通じてその税負担を最終的な担税者である消費者に転嫁するという仕組みをとることとし、これに伴い、酒類の製造及び販売業について免許制を採用したものであり、法がかかる免許制を採用したのは、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要に基づくものと解される(なお、原本の存在及び成立に争いのない乙第六号証によれば、昭和一三年第七三回帝国議会における酒造税法の改正案の審議に際し、政府は、その提案理由として、酒税の保全を期するため酒類販売業につき免許制度を採用することとした旨説明していることが認められる。)。

そして、酒税が、沿革的にみて、国税全体に占める割合が高く(後記認定のとおり、酒販免許制度が採用された昭和一三年当時における酒税の国税全体に占める割合は一三・四パーセントである。)、これを確実に徴収する必要性が高い税目であり、酒類の販売代金に占める割合も高率であったことに照らせば、昭和一三年法律第四八号による酒造税法の改正により、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的を達成する手段として、酒税の納税義務者とされた酒類製造業者に販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を酒類の流通過程から排除する趣旨の免許制が採用されたことは、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のためにとられた必要かつ合理的な措置であったということができる。

三  ところで、原本の存在及び成立に争いがない甲第五号証、乙第五号証の一、二、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める甲第一七号証(C図)並びに弁論の全趣旨によれば、酒販免許制度が採用された昭和一三年度当時における酒税収入の国税収入全体に占める割合は一三・四パーセントであったが、その後の社会状況の変化や租税法体系の変遷に伴い、その割合は、昭和一五年度から二一年度まで(ただし昭和二〇年を除く。)は一〇パーセント未満の状態が続き、その後上昇に転じて昭和二五年度には二三・一パーセントになったものの、昭和四四年度に再び一〇パーセントを割り込み、昭和五一年度から本件処分が行われた平成四年度までは別表四のとおりであることが認められ、酒販免許制度を採用した当時と比べれば、その後の社会状況等の変化に伴い、酒税の国税全体に占める割合が相対的に低下していることは否定できない。

しかしながら、成立に争いがない乙第一〇号証によれば、酒類の標準的な小売価格に占める酒税の割合は、昭和二五年度当時は清酒及びビールとも七〇パーセント以上、ウィスキー二級クラスで五九パーセントであり、その後次第に低下していったが、平成四年度においてもなお、清酒で一五・一パーセントないし一八・三パーセント、ビール大瓶で四四・一パーセント、ウィスキー二級クラスで五〇・二パーセントと依然として極めて高率であり、酒類製造業者の販売代金のうちかなりの部分が酒税であるとの事実が認められ、しかも、前掲乙第五号証の二によれば、酒税は、昭和五七年度以降についてみても、その収入額が概ね一兆七〇〇〇億円を下ることがなく、国税の主要な税目であること自体には変わりのないことが認められることからすれば、酒税の賦課徴収について、庫出課税方式により酒類製造業者にその税務義務を賦課したうえ、酒類製造業者の販売代金を確実に回収させ、その酒税負担を最終的な担税者(消費者)に円滑に転嫁できる仕組みを定めることの必要性及び合理性が失われるに至ったとまで断ずることはできないというべきである。

そうだとすれば、酒類製造業者に販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税負担の円滑な転嫁を実現すべく、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を酒類の流通過程から排除する趣旨で採用された酒販免許制度を存置することが、本件処分当時において、租税法定立についての立法府の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるということもできないといわなければならない。

四  法一〇条一一号は、一定地域内における酒類に対する需要が、当該地域に存する販売場の数にかかわりなく、ほぼ一定していることに鑑み、当該地域における酒類販売業者の濫立による過当競争を防止するため、需給要件の認定判断を通じて酒類販売業への新規参入を一定限度で制限し、もって酒類販売業者の経営が安定的に行われることを確保することにより、酒税収入の確保を図ろうとしたものであって、酒販免許制度を採用した前記の趣旨、目的に照らし不合理なものということはできないし、その規定が不明確で行政庁の恣意的判断を許すようなものであるとも認められないから、法九条、一〇条一一号の規定による本件規制が、租税法定立についての立法府の政策的・技術的な裁量の範囲を逸脱し、著しく不合理であるということはできず、憲法二二条一項に違反するものではないといわなければならない。

五1  原告は、酒販免許制度が憲法に適合するといえるためには、他のよりゆるやかな規制によってはその目的を達成できないという場合に限られる(必要最小限度の原則)べきであって、立法府の裁量判断は認められない旨主張するが、職業の自由のような社会経済活動は本質的に公共の利害に影響するところが大きいため、いわゆる精神的自由と比較してこれを規制する要請が強く、社会経済の実態や変遷に伴ってその規制の態様も複雑にならざるをえないこと、租税法の定立に当たっては政策的・技術的な判断が必要とされることなどに鑑みると、その規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置としてどのようなものを定めることが必要かつ合理的であるかという判断は、立法府の合理的な裁量的判断に委ねられているというべきであり、しかも、本件規制によって制限される活動は、嗜好品である酒類の販売であるから、必ずしも原告主張のような厳格な基準によって酒販免許制度の合憲性の審査をしなければならないということはできず、原告の右主張は採用することができない。

2  原告は、現在では、酒税の国税全体に占める割合が著しく低下しており、また、酒税の九六パーセント以上が経営基盤の強固な大手酒造メーカーによって納税されていること、酒販免許制度導入当時と現在とで酒税の滞納率に変化がないことをあげて、本件処分時においては、本件規制を含む酒販免許制度を維持すべき必要性も合理性もなくなっている旨主張する。

しかしながら、酒販免許制度が酒税負担の消費者への転嫁を円滑にして酒税収入の確保を図ることを目的とした制度であることからすれば、酒税の国税に占める割合が相対的に低下していることや酒税の大部分を実際に納税しているのが大手酒造メーカーであるからといって、直ちに酒販免許制度の必要性や合理性も失われるということができないことはいうまでもない。

また、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める甲第二七号証によれば、酒税の滞納率は、昭和一〇年度が一・一一パーセント、昭和一一年度から昭和一八年度までが〇・五パーセント未満であり、昭和二三年度から二七年度まで(昭和二五年度を除く。)が五パーセント以上と高率となり、昭和三一年度以降は昭和三九年度の〇・三パーセントを除き、概ね〇・一パーセント前後という状況であること、所得税や相続税の滞納率は遙かに高率であるうえ年度による変動も著しいこと、酒税の滞納率は物品税の滞納率と比較して極めて低いことの各事実が認められるのであり、酒税の滞納率は、景気の変動などに余り影響を受けることなく、低い率のままで概ね安定して推移しているということができる。このことが酒販免許制度によるものであることを実証する資料は見当たらないものの、少なくとも法が採用している庫出課税方式という酒税の賦課徴収の仕組みに負うところが大きいことは否定し難いと考えられるのであって、そうだとすると、右庫出課税方式を前提に、酒類販売業者の経営の確実性・安定性を確保することにより酒類製造業者の販売代金の回収を確実なものにし、酒税収入の確保を図ることを意図した酒販免許制度が、総体として、酒税の滞納防止に寄与していることもまた否定しえないところというべきであり、滞納率に変化が認められないからといって、直ちに酒販免許制度を維持する必要性及び合理性がないと速断することはできない。

3  なお、原告は、たばこ税及び揮発油税ではたばこ小売店やガソリンスタンドの営業免許制が採られていないことをあげて、酒販免許制度を維持することが不合理である旨主張するが、たばこや揮発油の製造業者と小売業者との関係、その流通、販売の態様などは酒類におけるそれと同一ではないと考えられるから、たばこ小売店やガソリンスタンドについて営業免許制が採られていないことをもって、酒販免許制度が不必要・不合理なものであるとすることは相当でないというべきであり、原告の右主張も採用の限りでない。

4  右のとおりであり、酒販免許制度を維持する必要性及び合理性がないとして、本件規制が憲法二二条一項に適合しないとする原告の主張はいずれも失当といわざるをえない。

第二本件処分の適法性について

一  認定基準の合理性について

1  抗弁1の事実(需給要件の認定基準)は当事者間に争いがない。

2  前掲乙第一〇号証、原本の存在及び成立に争いがない甲第一五号証並びに弁論の全趣旨によれば、(一)酒販免許制度が発足した昭和一三年当時全国の酒類小売場数は三三万場以上存在したが、終戦後の昭和二五年には約九万場と減少し(いずれも一般酒類小売業及びその他の小売業も含む。)、昭和五二年には一般酒類小売業の販売場数は一三万一一八六場(その他の小売場を含めると一五万二一四三場)まで増加し、その後、昭和六二年には一般酒類小売業の販売場数は約一三万八二五八場(その他の小売場を含めると一六万〇一七一場)まで緩やかに増加し、その間、国民一人当たりのアルコール消費量、酒類消費金額の推移は、別表一のとおり比較的緩やかな伸びにととまっており、昭和六二年における国民一人当たりの酒類消費金額は四万三八〇一円(その当時の人口は一億二一〇六万人)であったこと、(二)昭和六二年度において新規に付与された一般酒類小売業の販売場数は五四七場であり、新規免許が付与された小売販売地域を認定基準にいうA、B、C各地域に分類して、それぞれの地域の一販売場当たりの人口についてみると、別表二のとおり、A地域で一五六七人、B地域で一一二六人、C地域で八七八人となること、(三)昭和六二年度における一般酒類小売業者の売上金額を、右A、B、C各地域の別でみると、別表三のとおりであり、その売上金額を維持するために必要な人口(別表三の酒類売上金額を国民一人当たりの酒類消費金額四万三八〇一円で除したもの。)は、A地域で一五〇六人、B地域で一〇五〇人、C地域で六一二人となること、(四)認定基準は、原則として市区町村を基準に設定された小売販売地域の人口を基準として新規に付与すべき一般酒類小売業の酒販免許の枠を機械的に確定することとしたが、その枠数を算定するための基準人口(A地域で一五〇〇人、B地域で一〇〇〇人、C地域で七五〇人)は、前記の昭和六二年度における一般酒類小売業者の売上金額を維持するために必要な人口を参酌して定められたこととの各事実が認められる。

3  本件通達における認定基準は、酒類の販売場数と酒類の消費数量の地域的需給調整の見地から、小売販売地域の格付ごとにあらかじめ設定された基準人口を用いて算出された基準人口比率に基づき、年度内の免許枠を確定するというものであって、その基準人口は、右認定のとおり、昭和六二年度当時における一般酒類小売業者の経営の実態を参酌して定められたものであり、一定地域における酒類の消費が当該地域に居住する人口と密接な関係を有していると考えられることからすれば、一定の小売販売地域の人口を基準に需給要件を判断することとした右認定基準の内容は、前記のような本件規制の目的を達成するための方法として合理性を有しているということができる(なお、原告は、A地域の基準人口一五〇〇人との数値には合理性がなく、認定基準は専ら既存業者を保護するために定められたものである旨主張するが、前記認定したところからすれば、右基準人口の数値にそれなりの合理性があることは明らかであるし、右基準人口を用いた認定基準が需給要件の判断基準として合理性を有していることも前示のとおりであるから、原告の右主張は失当である。)。

二  本件処分の適法性

1  右のとおり、本件通達における認定基準は需給要件の判断基準として合理性を有するものということができるから、右認定基準に従ってされた一般酒類小売業の酒販免許に関する処分は、特段の事情がない限り、法一〇条一一号の規定にそうものとして適法ということができる。

2  そこで、本件処分が認定基準に従ってされたものであるかどうかについてみるに、成立に争いがない乙第三号証、第四号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、申請販売場が存する小売販売地域は、東京都の特別区である台東区のうち浅草税務署管轄区域を除く地域であり、認定基準にいうA地域(基準人口は一五〇〇人)に該当する地域であって、平成三年三月三一日時点の東京上野税務署管轄区域の人口は六万七五八五人であるから、同管轄区域の基準人口比率は四五となるところ、同年八月三一日時点における同管轄区域内の一般酒類小売業免許場数は一一九場であったことが認められるから、認定基準によると、本件処分時において一般酒類小売業の酒販免許の新規免許枠が存在しなかったことが明らかである。

そのため、被告は、認定基準に従い、原告の申請販売場について一般酒類小売業の酒販免許を付与した場合には酒類の需給の均衡を破り酒税確保に支障をきたすおそれがあると判断して、本件処分をしたものであって、本件処分は認定基準に従ってなされたものであり、これを違法とすべき特段の事情も認められないから、本件処分は適法であるということができる。

3  なお、原告は、本件処分が申請から九か月経過してされた違法があると主張するが、本件処分までに右の程度の期間が経過したからといって、本件処分を違法ということができないことはいうまでもなく、原告の右主張は失当である。また、原告は、本件処分は原告の代表者であり酒類販売の自由化を目指す古市滝之助を狙い撃ちにし、これを潰す目的でされたものであるとも主張するが、本件処分が認定基準に従ってされたことは前示のとおりであり、それが原告主張のような目的でされたことを窺わせる事情は何ら認められないから、この点に関する原告の主張も失当というほかない。

第三結論

以上の次第で、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 裁判官 德岡治)

別紙一

酒類消費数量等の推移

<省略>

別表二

免許の付与状況(62年度)

<省略>

別表三

小売酒販店の経営状況

<省略>

別表四

<省略>

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